2003年2月の匠プロジェクト発足以来、御田町商店街に7つの空き店舗が開き、今年度中にうまくいけばあと2つのシャッターが開く可能性があります。このプロジェクトの活動の一環である、空き店舗利用においては、単に空き店舗を開けるのではなく、町づくりという観点からすると、当初から、前述したような建物自体の「質的な開発」とコミュニティビジネスのよる創業を意識しています。

御田町商店街は大正時代に旧片倉製糸工場への資材路として、現在の南北の通りが開削されたのが起源と言われています。商店街として発展したのは、戦後で、最盛期には旧ヤシカや入一通信へ通勤する人達で人が溢れ返っていたと今でも多くの人達が記憶しています。そうした、発展期には非常に裕福な資金の恵まれたこともあり、昭和期に建てたハイカラな建物の趣が多く残っています。

空き店舗として永年放置された建物にもそういった残影が数多く朽ちていながらも輝きを残していたのですが、当プロジェクトの企画する店舗改装においては、極力そこに残るモノを活かし再生するという思いで行ってきました。それは、ガラス一枚、扉一枚の中に、昭和〜大正期に作られた職人のものづくりへのコダワリに対する敬意であり、それを感じ取る現代の若者達の感性との出会いでした。多くの年配者の方々が「こんな古いもの」「こりゃ使えないよ」と見捨てる廃棄物の中から、店舗の改装に携わってくれた若者達は丹念にそれらを拾い上げ、新たな命を吹き込む作業を続けました。

その典型的な事例を2つ紹介します。

  1. すみれ洋裁店
  2. この店は昨年4月に、町内在住の女性と岡谷市在住の2名がオリジナルの布小物を製作するブティック兼工房として起業し、開店しました。この「すみれ洋裁店」という名前は、もともと、昭和30年代にあったお店の名前をそのまま転用したものなのですが、これは、店の正面の壁面に残っていたガラスの看板に残った屋号をそのまま採用したのです。
    左がその写真なのですが、おそらく、年配者であれば多くの方が 「こんな古びたもの」と酷評するでしょう。しかし、 この看板に残る価値を、彼女達なりに評価し、これを活かす選択 をしたことに、この建物の方向性が決したのでしょう。 この旧すみれ洋裁店跡は、おそらく20年以上は放置され、 建物の構造の老朽化という点では相当ひどいものでした。しかし 彼女達はこの建物に残る、昭和の職人の施した和洋折衷のモダニズム の名残の見られる、窓、建具、シンクといった内装品を捨てるの ではなくそのまま活用しました。もちろん看板もそのままです。 また、建物の構造も昭和の名残を多く留め、洋風でありながら 和式の風情が残っていました。 右は改装前の中の状況です。 壁はすすけ、土間はむき出し、雨漏りもひどい状態でした。 ただ、この状態でも、内装を中心に手直しし、構造と外装は極力手をつけないことで、改装コストの抑制を図り且つ元々のこの建物の持っていた昭和初期の和洋折衷のモダニズムを彼女達は復元していきました。改装にあたっては、業者には最低限の工事(電気、床張り、水道)に抑え、内装のデコレーションについて自作設計し、工事は我我仲間の日曜大工で対応しました。

  3. う@かみや履物店
  4. この建物も昭和初期の建築で、御田町商店街の中程に位置しています。 右写真のように、店構えは大変重厚であり、また、内部のハリの材料、敷地面積(70坪)、内部に残っていた建具、中庭、蔵の状態からすると、相当資産があった時期があると推測されました。 う@かみや履物店は、今春オープンした鰻中心の飲食店ですが、あえて、「履物店」の屋号を残したことは、この場所にあった店の価値に対する保存という意味も込められています。

    この建物はおおよそ8年程前まで居住していたこともあり 比較的内装の状況は良好でした。内部には引き出し・金庫付きの 階段、鶯色に焼けた漆喰壁、むき出しの配線といった、 昭和の趣が残っていました。また、店舗脇に路地があり、 中庭を経て裏口へ抜ける構造を有しており、町屋の雰囲気の 名残が感じられました。

今回、この建物の改装については、当プロジェクトのメンバーで ある町内鷹野町のパン屋主人が中心に企画しました。彼は、当プロジェクトで改装を検討するときの主任的な役割を果たしてくれており、店舗のデザインについては全てお任せなのですが、基本的には、そこに残る、かつての職人さん達が作った仕事のこだわりの結果としての構造や建具、材料(ガラス一枚も無駄にしない)を使い、新たに作るというより、「活かす」という作業をしてくれます。
かみやに残っていました、壁や階段、庭を、彼なりに「活かす」ことでそこに、う@かみや履物店に出現したのは「昭和」でした。それは、最近、流行している骨董品を買って来て並べた作った 「昭和風」のツクリモノでなく、ホンモノの「昭和」なのです。う@かみや履物店の内装や路地、庭は、あえて作ったものでなくそこに元々あったものを使っただけなのです。お客さんは それをみて「安らぐ」と話されますがそれは「ホンモノ」だから出来ることなのだと思います。